右脳出血で緊急入院 ~高齢夫婦の医療珍道中 ①~

2019年6月3日

“こけたら立ちなはれ”  ― 松下幸之助 ―

倒れる時が死ぬ時だ・・・ぐらいの生き様であった父が、いざ倒れるが結局は救急車のお世話になって緊急入院となる。人間日頃の思いとは裏腹に簡単には死ねないものである…いや…今の医療制度の賜物なのか。

【三次救急搬送】

ん?スマホに呼び出しが表示される…

『珍しい…親父の番号じゃないか』

ま、電車内なので、後から掛けなおすか…。

しかし、すぐ二度目の着信のお知らせだ…『あ~これは良くない知らせだな』と虫が知らせる。ポケモンガオーレで言うところのモンスターボールしか来ない雰囲気とでも言おうか。

『ちょっと急に立てなくなっただけなので、タクシーで行こうかと思う』
『それ、脳卒中確実!早く病院に!』
『まぁ、足に力が入らないだけ』
『いやいや、そもそも普通に話せてないし、すぐ救急車で行って』

幸い仕事中であり、そばにいる方に再度救急要請をお願いしてとりあえず一旦自宅に戻るが・・・。次会う時には意識はないだろうなぁ・・・と考える。

果たしてどこの出血か梗塞か・・・。前頭葉部位なら母では見切れないなぁ・・・と一人思案する。部位と範囲が気になる…ま、しかし人間最後は運であろう。

前頭葉とはざっくり言えば人間の知能・人格・理性・言葉などを司る脳の部位である。病気とは言え、人間に抑制が効かなくなれば…。

その後経過を母に電話で報告・・・     
『親父が○○病院に運ばれたらしいのでとりあえず見てくるし、バリバリ脳疾患みたいだけど運良くすぐに3次救急に入ったみたい。』
『え?どっちの病院なの?○○じゃなくて、さんじって名前の病院?』
『え?いや、ちがうけど』
笑いそうになる。さんじ病院・・・何か朗らかでいい名称ではなかろうか。

これから母には分かりやすく言わねば…3次救急という名称は知らないものであろう。
日本には1次救急、2次救急そして最後の頼みの綱、3次救急と3つにジャンルが分かれている。

大まかにくくれば、1次は歩いて病院にいけるレベルである。2次は歩いて受付に行ける患者、または救急車で搬送される中等度レベルの疾患患者、3次は重症の患者さんを受け入れる、いわゆる救命救急センターなどがそうだ。

俗に『なんでこんな軽症なのに救急車呼ぶかな、タクシー代わりかよ』と世間を賑わすが・・・しかし自分で自分が軽症か重症か分からないし、その判断が難しいのである。ま、中には救急車で来たから『帰りも救急車で送ってもらえますよね?』という人も存在する。

『もう帰っていいようなので救急車で送ってもらえます?』
『え???』
『いや、ほら、勝手にここに連れてこられたので、だいたいここがどこか分からないんですよね。』
『いや、タクシーか何かでご帰宅されるのが普通で、救急車を呼ぶのは難しいかと…』
『え?そうなんですか??困るな~こんな時間に。ここどの辺りなんでしょうかね??』

…基本的にはよほどのかかりつけでなければ直近の救急病院に運ばれる事が多いが、断わられまくると、遠方まで運ばれるのである・・・。

融通がきかない?

救急とはそういうものである。

【救急受け入れお断りとは】

医師法第19条、応召義務…つまり治療を求めている患者には応えてあげなさいという事が定められてあり、断るという事はよほどの正当な理由が必要になる。

では何故患者さんを断るという事態が発生するのか・・・。

まず一番正当な理由は受け入れるベッドがすでに無いということであろう、つまり満員状態である。

次に、既に救急を受け入れ過ぎていて、受け入れたとしても、緊急手術等で手の空いている医師が居ない状況が考えられる。救急車で来た患者を救急室でほっておく訳にはいかない。

しかし、一般的によくあるお断りは、『専門外だから』ではないだろうか。

救急受け入れ病院を名乗っておきながら、医師の『専門外』にてお断りとは果たしてどのような理由が多いのであろうか?産科婦人科、小児科、眼科、歯科等の特殊な疾患ならまだしも…である。これについてはいずれ内部事情から考察してみよう。

父の場合は、下半身の脱力、呂律難が最初の症状であり、これは間違いなく脳外科医のいる病院への搬送が、そして脳外科医のいる病院への搬送が要求されるところである。

『今頃生きてるのか死んでるのか・・・どうかなぁ』と想いながら車を走らせる。最初は意識が有って会話が出来ていてもどんどん悪化するのが脳疾患である。

ちょっとしんどいだけ、寝たら治ると言って手遅れパターンも脳疾患あるあるであろう。少しでも普段と様子が違えば即病院直行が予後(発病後の経過と結末)を左右するのである。

脳梗塞であれば、発症から4時間半以内の搬送
であれば、tPA(アルテプラーゼ)という治療が受けられるので、搬送時間がその後の人生を大きく左右する。

『脳梗塞ならtPAで劇的に良くなるかも・・・』と想いながらハンドルを握るが『あ、ワーファリン(血液をさらさらにする薬)飲んでるから・・・ないな』と冷静になってしまう。そもそも脳梗塞かどうかも不明である・・・。

tPAは血栓溶解療法とも言い、脳の血管に詰まった血栓を溶かすという強力な治療という半面、血管に与えるリスクも高く、制限も多い治療法であり、ワーファリンを飲んでいる患者には適応されないのである。

『あとは血栓回収療法か・・・』しかしこれも脳梗塞であれば・・・の話であるが、やはり希望を抱くのは無理もない。

血栓回収療法は簡単に言えば脳の血管内に網のような物が先端についた管を通し、その網で血管を詰まらせている血栓を回収してくる方法であるが、回収後に血流が正常に再開通すれば劇的な改善が見込まれる場合も多々あるので期待も大きいのである。

【SCU】

病院に到着し案内されたSCUに入室する。

SCUはざっくり言えば、脳疾患の患者さんを救急で受け入れたときにまず入るお部屋だ。

TVドラマではよくICU(集中治療室)という名前が使われるので、あまりSCUは馴染みが少ないかもしれない。CCUは心疾患の、NICUは新生児の集中治療室と言えば分かりやすいか。

SCUで医師から父の状態を聞く。よくIC(インフォームドコンセント=十分な情報を得た上での合意)と言われるやつである。ここの説明が十分でないと、後から患者家族ともめるパターンになりやすい。

できればこのタイミングで医師から色々聞いて確認しておくと今後の信頼関係を形成しやすい。なにせ救急病院では、その後医師と話をする機会が大幅に限られてくるからである。

母には何を言っても外国語にしか聞こえないであろうから、この場にいるのが自分で良かったと思う瞬間である。

医師も昼夜問わず救命に従事し、後はデリケートなICが待っている。常に神経を使う仕事であろう。

ちなみに医療従事者は狭い狭い世界で生きているので、世間離れした専門用語を普通に患者家族にも使う事に疑問を持っていない事が多い。

国もそこは理解しており『国立国語研究所』のホームページには《病院の言葉を分かりやすくする提案》というページがあるので医療従事者は特に必読であろう。

【父の診断名】

高血圧性右視床出血、手術は必要ないがワーファリンという薬(血液をサラサラにする薬)を飲んでいるので、血を止めないといけないが止まりにくく、非常に危険な状態。

やんわり、出血が広がったらアウト的な事を家族感情を刺激しないように言われる。

というのもワーファリンとは血液をサラサラにする薬であるが、血液がサラサラだと出血が止まりにくいので、ワーファリンを一旦中止するのである。ワーファリンを止めると止血しやすくなるが、今度は血液が固まってくるので脳梗塞になるリスクが高くなるという危険性が潜んでいる。

ざっくりまとめると、脳出血は止血する治療、脳梗塞は血液をサラサラにする…つまり血流を良くし、血管が詰まらいないようにする治療。

同じ脳での疾患でも、相反する所が面白い。

出血性梗塞なら一粒で二度美味しいグリコという訳ではなく大変である。

さらに父の出血は運動を司る部分にまで出血が及んでいるので、『重度の運動障害が残存する』らしい。

ちなみに人間の意識障害を表すのに、物差しがありJCSGCSがある。JCS軽症(ちょっとぼんやり程度)のⅠ-1から何をしても痛みや刺激に反応がないⅢ-300までとなる。

SCUのベッドに案内されるが、鎮静がかかっており、あまり反応なく寝ている状態だ。親父はいわゆるJCSⅢの100~200といったところか。

さて…これからどうなっていくのか?入院生活はどんなものなのか?必要な事はなんなのか?入院後に起こる事を順に母の珍問答と共に追いかけてみようかと想う。

“いかに生きるかを学ぶには、全生涯を要す”  — セネカ ―