元気な父が脳出血で倒れる ~高齢夫婦の医療珍道中②~

2019年6月3日

“人としての振る舞い方が言葉よりも物を言う”
 ― ロビンシャーマ ―

【入院開始】

入院すると家族は忙しい。

まず医師から聞いた事が無いような単語を散りばめられながら、説明を聞かなければならないが、まずその全てをその時点で理解できる人はかなり少数であろう。

母なら意味を咀嚼するのに3か月は要しそうである。

次に書類の説明が山ほど降って湧いてくるのも入院時の特徴か。

とりあえず病院側も同意書にサインを取るのに必死だ。ポケモンガオーレで言うところの『ここで出会ったからには…マスターボールよ出てくれ!』ぐらいの気合いだ。

とりあえず簡単な説明で重要な同意書にサインを求められる。患者家族の理解よりもサインさえもらえば安泰…という雰囲気が見え隠れする。

これは個人の問題というよりも、救命救急の現場では、十分な説明をし理解を得る為に費やす時間的精神的余裕がなく、流れ作業になっているのである。

しっかりと情報提供し十分な理解を得る事が本来の目的なのに、とにかくサインをもらう事が目的となってしまっている・・・手段と目的のすり替えである。

『ちゃんと家族に説明できた?理解していた?』
と先輩も聞くのではなく、恐らく・・・
ちゃんと全部の書類にサインしてもらった?
という感じであろう。

つまり何か起こっても、同意してサインしましたよね?と言える状況作りが重要なのである。

そして同意書にサインがないと次に進まない…民間企業ならもっと丁寧であるが、医療業界は、さすが悪い意味で『最後の聖域』と言われるだけの事はある。

ちなみに、後見人に手術同意書へのサインを求めるのも愚かな行為であるが、病院ではそんな事おかまいなしにサインを後見人にも求める事も多い。

後見人には『医療行為の同意権限はない』のである・・・。

後見人に無理矢理サインさせて治療を行った場合、その病院は『同意なく治療行為をした』とみなされる事にもなる。果たして病院がそこまで理解して後見人にサインさせているのかは微妙なとこであろう。

ちなみに、成年後見人制度とはざっくり言えば病気やケガ、高齢などにより自分で物事を判断する能力が衰えてしまった人たちを支える為の制度であり、成年後見人とは支えてくれる人の事である。おもに弁護士や司法書士などの職種が多い。

特に認知症で親類のいないようなお一人暮らしだと、何を買わされるかも分からず、何を契約するかも分からず、危険極まりない。こういった場合には出来れば後見人を付けたいところである。

90歳を回った軽い認知症の祖母(一人暮らし)宅にいる時に、偶然であるが電話が鳴り、祖母と相手の会話が祖母の難聴で成り立たず、電話を代わったら案の定、健康食品の勧誘である・・・。丁重にお断りし、難を逃れたが、こんな電話が常時入ってきているのだろうなと思う。

なにせ、青汁だのシジミだの祖母宅にたまに行けば、届きまくっているので解約が大変なのである。

え!?あの大手会社もこんな認知症高齢者に通販で売り付けてるのか・・・と思うと大手であっても悲しい時代だなと思う。売り上げ至上主義なのであろう。コンプライアンスなどどこ吹く風・・・売り上げ命。

さて病院受付に戻ろう・・・母には何のことか分からないが、とりあえずここにサインを!と言われると、言われるがままにサインする。

多分何も理解しないまま黙々とサインする母が悲しいが、SCUに父の身柄を預けているので患者家族の精神的立場は弱い。

病院側にはそんなつもりは毛頭無いのであろうが、家族にとっては患者という人質がいるので、何か言って面倒事になれば患者に十分な事をしてもらえなくなるのでは・・・と恐れる気持ちも分からなくはない。

説明と言えば後日の事であるが、SCUから一般病床に移る時に、『もしかしたら個室しか空いていないか、また患者さんの病状によれば個室対応しか無理であれば・・・』と個室代が今後別途かかるかも知れません、という説明を受ける。

『はいはい』という母に待ったをかけ、ここだけはおかしい説明なので確認する。

『個室希望ではありませんが?』
『大部屋がその時に空いていなかったり、個室でしか対応できない状況もありえますし…』
『それはこちらに関係がない話ですよね?病院都合ですよね?』
『まぁ、そうなのですが…』
『じゃぁ、個室を希望しないので、個室代を請求する事はできませんよね?』
『・・・』
『個室か大部屋かどちらでも空いている場合に、個室を希望すれば療養環境をお金で買うので話は分かるが、選択肢が個室しか無い場合はそもそもこちらに選択肢がないからおかしくないですか?』
『・・・上司に確認しておきますね』

爽やかに答え去るが、その事務員の内心では、面倒な家族が登場したと思われているだろう。

病院スタッフによっては説明後にややこしい返事が返ってくる事を想定して話をしていないので、思わぬ返答がくれば、残念ながら即座に対処できない事も多い。

『また確認して返事をします』と言って、それっきり返事がないのも病院あるあるであろう。

実は個室でもいいのであるが、大部屋の方が日中うるさくていいだろう。昼夜逆転が怖いので昼間はなるべく起きててくれ・・・大部屋でいいだろ。親父よ許せ。

そう・・・変な時間に昼寝をしてしまった幼児を、いつもの就寝時間に寝かせるのが困難になる・・・あの親泣かせの状況が病院でも起こるのである。

普段元気な人にとって、入院でお世話になるという事は家族にとっても非日常体験であり、医療界の常識(そこでしか通用しないローカルルール)がまず分からない上に患者という人質も取られているので、本当に立場は弱いのである。

さぁ・・・父の長い長い戦いが始まる。

生涯専業主婦の世間知らずなイケイケな母と病院が衝突するのは目に見えているが、どんな事態になるのか少し楽しんでみよう。

そう、病状はなるようにしかならないから、あとは悲喜こもごも楽しむぐらいでちょうどいい。

“たいていの人は、問題を解決しようとするよりも、問題を回避するためにより多くの時間とエネルギーを費やしている”
― ヘンリー・フォード ―